2015年度全日本大学フットサル大会で全国第3位となった多摩大学フットサル部。その裏には、フィジカルコーチ関大悟さんの存在があった。多摩大学では、フットサル部の中では珍しく、専門のフィジカルコーチを迎え、日々のトレーニングに励んでいる。今回は関さんに、フットサルのフィジカルトレーニングにおいて心がけていることや気をつけていること、フットサルの育成年代に対して感じていることなどを、フィジカルコーチならではの視点で語っていただいた。
【多摩大学フットサル部 フィジカルコーチ就任】
―本日はトレーニングを見学させていただき、ありがとうございました。関さんは2014年に多摩大学のフィジカルコーチになられたと伺いましたが、就任当初、福角監督からはどのようなリクエストがあったのでしょうか?
まず、その時点では選手たちの競技レベルがそれほど高くないと伺っていました。その選手たちを高いレベルに持っていくためにはフィジカルが非常に大事だということで、まずはフィジカルとはこういうものだというのを教えていって欲しいということでした。
―当初、多摩大学の選手たちにはどういう印象を持たれましたか?
フィジカルトレーニングをやるかやらないかという前に、フィジカルってそもそも何かという知識が無い、トレーニングの仕方を知らない選手たちが多いという印象でした。それを徐々に浸透させていきながらトレーニングの強度を上げていくというのが最初でしたね。
―今はどうでしょうか?
今は、自身でフィジカルトレーニングの必要性を感じて、僕がいなくてもやってくれている選手は増えているので良かったなと思いますね。
【多摩大学フットサル部の取り組み】
―次に、トレーニング内容について伺いたいと思います。まず、本日のトレーニングの狙いを教えていただけますか。
在校生は、今は時期的に筋力トレーニングをメインにしています。今日はその中でも上半身と体幹をメインにやらせてもらいました。
新入生は今日が初めてだったので、まず現状の評価ですね。どういう既往歴があって、それに対してどういうアプローチをしていて、それを踏まえて自分の身体をちゃんと使えているかどうかをテストして、こちらに来た時にスムーズにフィジカルトレーニングが出来るように動作の改善を促すというのがメインでした。
―入部して初めのうちは、身体の使い方、初期段階の動作が中心になりますか?
そうですね。急に強度を上げてしまうと怪我が起こるので、怪我をしないような体を作りながら徐々に強度を上げていきます。
―トレーニングの前に新入生一人一人の写真を撮ってメディカルチェックをされていましたが、それはこれからどのように活用していくのですか?
個人へのフィードバックですね。何が悪いのかを写真で見て「見える化」して選手に分かり易くフィードバックします。その時に正しい姿勢を隣に並べておけば、自分で何が悪いか見られると思うんです。高校年代までにそういうことをやっていないと分からないと思うので、まず、何故フィジカルトレーンニングをするのかを理解してもらう、というのが一番の目的です。
―多摩大でのフィジカルトレーニングは週に何回されているのでしょうか?
週2回ですね。スピード、パワー、アジリティ、どれも週2回以上やらないと向上は見られないんですよ。多摩大にはそれをご理解いただいて、週2回、1セッション2時間いただいてトレーニングを行っています。
―多摩大学のフィジカルトレーニングの特長を教えていただけますでしょうか。
いわゆる流行り廃りではなく、選手たち自らが「何故そのトレーニングをしているのか」そして、「トレーニングの効果を上げるためにはどのようにしてやっていけばよいか」というのを考えながらやり続けられるのは多摩大の良いところだと思います。
―多摩大学で行っているフィジカルトレーニングの目的、目標をお聞かせください。
福角監督が世界基準の選手を育てたいとおっしゃっているので、まずそこの基準に持っていきたいと思っています。ただ、(世界基準の)具体的な数値があるわけではないので、多摩大でやらせてもらっているフィジカルテストの数値をちゃんと取りながら、個人がこういうトレーニングをやると伸びている伸びていないというのを分析して、少しでも上昇率が良くなるようにというのがまずやれることですね。それをやりながら海外のチームと試合をしたり、あるいはデータを取りに行ったりして、海外との比較資料を作る。それを僕の中で分析して、監督と議論して、またメニューに落とし込むというのが世界基準に行くための方法かなと思います。
―世界基準というお話がありましたが、多摩大学だけでなく日本のフットサル界全体を見た時に、ここが足りない、こういうトレーニングが必要だ等、思われることはありますか?
多摩大が目標として掲げている「世界基準」を考えた時に、一番に来るのはフィジカルかなと。それはフィジカルコーチという立場を除いても、そう思いますね。これは、フットサルに限らず、サッカーでも同じ問題点だと思います。何故そこが変わらないかと言うと、トレーニングというのはこういうものなんだと言える専門家が少ないからだと思うんですよ。そこがまず変わっていかないと、一番の課題であるフィジカルの部分は変わらないのかなと。体の大きさからくる問題や身体の使い方、つまりアスリート能力が低いと思うので、それをいかに上げて行くかというのが今後の課題だと思います。
【フットサル選手の育成】
―「フットサル選手」の育成という観点から特に気を付けていらっしゃることはありますか?
僕はサッカーの競技歴が長かったのですが、サッカー目線で物事を言わないようには気を付けています。僕は小学校から高校までヴェルディの育成にいて競技レベルの高い選手たちが多かったので、そういう選手たちと比較しないように、あるいは自分がやってきたことと比較しないように気を付けています。
―「サッカーの目線で物事を言わないように」というのは具体的にはどういうことでしょうか?
サッカーはフットサルよりも認知系のスピードが遅くて、観て判断する時間があると思うんですよ。ですが、フットサルは局面の変化がすごく速いので、その時間がない。サッカーだとこの瞬間はこうだからこのトレーニングということができますが、フットサルだとそこまで考えられないですよね。しかもそれが連続的なので、どちらかと言うと動きの説明というよりも、「この瞬間、とにかく速く動く」「速く動くためにはこういうトレーニング」というのをやり続けて、その結果がどうなっているかという評価ですね。
サッカー的な感覚だと全部整理して順序良く言いたいんですけど、フットサルにはその時間がないですし、戦術的要素も多いので覚えることが増えてしまうので、フィジカルはシンプルにして、口数を減らして、覚えることを減らして、だけど気づいたら速く動けているというようなやり方でやっています。それを、選手たちが受け身ではなく自立的に自分からできるようにしたいなと思っています。
―他に、フットサルとサッカーのフィジカルトレーニングの違いはありますか?
フットサルの方がよりアスリート能力が求められる。スピードとパワー、クイックネス、その3つが本当にカギだなと感じます。フットサルはサッカーより走らないけれどぶつかり合いが多いので、競技的に要素としてはラグビーに近いのかなという印象は受けますね。
【逆算と自立】
―フィジカルコーチをされていて難しいと感じるのはどのような点でしょうか?
自分がどこまで出ればいいのか、どこまで示せばいいのかというのはいつも気を付けています。出過ぎると自立を促せないですし、引き過ぎると選手が混乱しますし。
―「自立」というキーワードが出てきましたが、様々なフィジカルコーチ像がある中で、フットサルのフィジカルコーチはやはり選手の「自立」を促していく方向性が良いのでしょうか?それとも、フィジカルトコーチが選手を管理するような方法が良いのでしょうか?
選手の性格にもよりますね。例えば、すごく感覚的でよく分からないけど必要なことをやっているというタイプの選手に対してコツコツ練習を積み重ねていくことを話しても聞いてくれないですよね。でも、頂点から逆算して「あなたの特長はこうで、こういうプレーをするためにはこういうトレーニングが必要だ」と言えばやってくれる。そういう風に、選手のタイプによって道筋を変えてあげる工夫はしています。それをやらないと、選手が掴んできた成功体験に依存してしまうので、そうならないとように適切な手助けをすることは大切だと思います。
―そうなると、30、40人程のメンバーが集まるフットサル部の選手の一人一人のメンタルなど個人的な状況も把握しながらトレーニングされているのでしょうか?
もちろんそういう意思は常に持ってやっていますが、現実的には、一人を見ると他の選手を見てあげられないので、例えば二人一組にして教える側と教えられる側を体験してもらうというようなやり方をするなどしています。そうすれば、僕と同じような目線にもなるしプレーヤーの目線にもなるので、相乗効果が生まれていいと思います。
―まだ育成過程にある大学生であるからこそ、選手を自立させるような働きかけは重要のように思います。
サッカーで言うと、ブラジルのサンパウロでは13歳から大人扱いですから。日本はそういう育成環境が整っていないとうのが一番の問題点ですよね。大学に入る頃には、自分の受けるトレーニングを個別に選択できるくらいまでになっていないと、先ほど言っていた世界基準の選手になるのが遅くなる。10代後半、20代前半に世界で戦えるようになるためには、いかに早くいい教育を受けるか、いい環境でできるかがポイントだと思います。そこが課題ですね。
ただ、(育成環境が整っていないことに関して)今いる選手たちに罪はないので、多摩大学では、教育をしながら自立を促すというのを4年間のサイクルで出来たらいいなと思っています。
―大学生全体のフットサルの競技環境を見たときに、このような多摩大のフットサルのトレーニング環境は羨ましがられると思います。
Fリーグに上がったときに、最初に入った段階で「こいつ、勝負できるな」と思ってもらわないと新人選手としての評価は上がらないと思います。今、横浜FCでも同じような取り組みをやっていますが、ユース上がりの選手は明らかにフィジカルが足りない。みんな、「世界を」と口を揃えて言うけれども、実際にその基準に持ってくるノウハウを持っている所は少ないのではと思います。そのために、ちゃんとデータを取って、数値化して、目標値を決めて、トレーニングに落とし込む、というサイクルをやるべきだと考えています。しかし、日本ではどの競技もそのサイクルがほとんど出来ていないのが現状です。「こういうフィジカルテストをやっています、やっている理由はこうだから、それが育成年代に広がるとトップに上がった時にこういう広がりを持てる」というような情報発信が足りていなくて、特に育成年代の情報はすごく少ないですね。もしその情報があれば、育成年代で「トップから逆算したトレーニング」をすることができますが、逆に、その情報が無いと、選手の早熟、晩熟が出てきた時に、晩熟の選手を(成長する前に)消してしまうことになる。それはサッカー・フットサル界にとって大きな損失でしょうね。
―「逆算」という言葉がありましたが、それは多摩大学で選手たちが過ごす4年間の中でも意識されているのでしょうか。
そうですね。上を考えた時に、まずアスリートとしては「一年間通して試合でのパフォーマンスが高い」ということが一番で、それをやるためには「怪我が少ないこと」と「パフォーマンスの向上をし続けていること」が求められる。それが出来るというのが頂点だと思うんですね。(卒業時から)逆算して4年前だと、まずは、「正しい身体の使い方」と「過去の評価」。それをまず整理して0にして、0から1、2、3、、、と、どんどん早めていく。その0を作らずにマイナスから1、2とスタートすると怪我が起きる。それは、頂点から考えると本末転倒なので、まず、ちゃんと0にする。その上で、4年間の中でいかに速く、かつ連続的にトレーニングできるかということだと思います。
-最後に伺います。関さんにとって、フィジカルコーチという仕事の遣り甲斐は何でしょうか?
チームとして目標を掲げて、それが達成された時の姿を見るのは遣り甲斐だなと思います。ただ、フィジカルコーチというのはあくまで繋ぎ役で空気みたいなものだと思うんですよ。フィジカルコーチが何かをしたからチームが良くなったということではなくて、結果として優勝したチームにそういう人がいたということだと思うんですよ。そこを踏まえながらやっていく、我慢してチームを支えていくというのも遣り甲斐なのかもしれないですね。
【多摩大学フットサル部フィジカルコーチ・関 大悟(セキ タイゴ)氏プロフィール】
生年月日:1986年04月24日(29歳)
資格:鍼灸師
選手歴:
東京ヴェルディジュニア
東京ヴェルディジュニアユース
東京ヴェルディユース
岡山県作陽高校
エリースFC東京
指導歴:
2010~2011 東京ヴェルディ育成部アシスタントトレーナー
2011~2012 FC東京トップチームトレーナー
2012~2014 ジェフユナイテッド千葉アカデミーコンディショニングコーチ
2014~ フリーのトレーナーとして活動開始
多摩大学フットサル部フィジカルコーチ(~現在)
FC.OXALAジュニアスクールフィジカルコーチ(~現在)
2015~ 東京国体成年の部コンディショニングコーチ
JFAアカデミー福島 女子フィジカルコーチ(~現在)
2016~ 横浜FCトップチームアシスタントフィジカルコーチ
アスルクラロ沼津トップチームフィジカルコーチ
八千代高校サッカー部フィジカルコーチ
東京国体少年の部トレーナー
今回のインタビューのなかで関さんが数多く使ったのが「逆算」と「自立」というワードだった。インタビュー中にもあったが、ブラジルでは13歳で一人の大人として自らが必要なトレーニングを考えて実践しなければならないという。その一方で、日本のフットサル界では、選手が一人前になるまでの「逆算」がどれほどされ、どの段階で選手が「自立」すべきなのか考えられているのだろうか。フィジカルトレーニングにおいても、世界で戦える選手を作るために、現状は何が欠如し、具体的にどのような基準をクリアすれば良いのか、その道筋を描きながらトレーニングできる環境はそう多くないはずだ。さらに、その道筋を自らで考えられる「自立」した選手はより一層少ないように感じる。フィジカルをはじめ、フットサル育成年代のトレーニング環境が整備されていないからこそ、多摩大学フットサル部での取り組みが一つのモデルとして成果に結びつくことを期待したい。